朱鷺と暮らす島佐渡の魅力

日本でいちばん大きな離島

佐渡とは、どんなところなのでしょうか?
歴史、文化、気候、農業、漁業など多岐にわたる特長がありますが、先ずは、地理的なご説明をさせてください。

佐渡は、日本海に位置するということはご存知だと思います。米どころ新潟県に属し、県が面する日本海沖にあります。佐渡は、日本でいちばん大きな離島です。東京都23区の約1.5倍の面積があります。

日本海に囲まれ、厳しい気候かと思いきや、冬は本土よりも暖かく、夏は涼しいというとても住みやすい地域と言えます。島全体の面積の12.6%が農地という本土に比べて農地の割合が高い佐渡は、里山、田園、そして特長的な棚田などの美しい風景が残る島です。

◆位置◆新潟県の西部に位置し、佐渡島全域が新潟県佐渡市。
◆面積◆島の周囲は262.7キロメートル。面積は854.76平方キロメートル。
◆農地◆島全体の面積の12.6%。(水田9.110ヘクタール/畑1.680ヘクタール/合計10.800ヘクタール)
◆人口◆約6万人。
◆気候◆暖流の影響を受け冬は本土の新潟県より1~2度暖かく、夏は周りが海のため本土より1~2度涼しいです。 
◆産業◆自然と気候に恵まれた佐渡では、米作りを中心に、りんごや柿など果樹栽培も盛んに行われ、漁業では、
カニやイカ、ブリやマグロなど多く水揚げされ魚介類の宝庫です。
◆文化◆京から配流された文人・政治家などが都の文化を伝えた影響から、能や浄瑠璃などの日本の古典芸能が
多く残ります。特に世阿弥が配流された影響で江戸時代には200もの能舞台があったと言われる。
(現在でも32か所)

「いにしえから続くー 佐渡の歴史」

佐渡の歴史はとても古く、遺跡の出土品などから1万年前からすでに人が住んでいたことがうかがえます。「古事記」や「日本書紀」にも佐渡に関する記述が出ています。

8世紀ごろには、本土から移住が始まり、長谷寺や国分寺など本土とゆかりのある寺院なども建設されました。

そして佐渡は本土での戦いに敗れた人の流刑の地としても有名です。その配流された人々には都の文化人や政治家が多く、佐渡の文化に多く影響を残しています。

江戸時代に入ると金銀山の開発が始まり、幕府直轄の金銀採掘場として発展しました。多くの商人や技術者などが移り住んだと言われています。多くの人口を支えるため、農業や林業なども大きく発展を遂げました。

明治時代に入り時代とともに採掘場は衰退しましたが、現在は金銀山跡を観光資源として活用するほか、金銀山の世界遺産登録を目指して様々な活動を行っています。

これからもこの佐渡の興味深い歴史の数々を、この場からお伝えしていきたいと思います。

<佐渡の歴史テーマ>
・古代弥生時代の佐渡ー遺跡よりー
・配流された人々の功績
・佐渡の祭りの歴史
・金銀山が佐渡に残したもの
・自然との共生ー朱鷺を育む農業へー